仏教墓塔研究会 中国五台山研修旅行 記事

平成23年10月10日~15日 

仏教墓塔研究会海外研修の第一回目です。
私が昨年経験いたしました五台山での感激を、多くの石材人に味わって頂きたく企画致しました。

初日は『大同』までの移動だけに終わり、ホテルで結団式を行ないました。
自己紹介で各位から「仏教墓塔研究会との御縁が有益であった」との
お褒めの言葉を頂戴し身に余る光栄です。

二日目
最初の訪問地は『雲岡石窟』です。
石窟には北魏時代の見事な石仏が沢山残っています。
一番奥には五重石塔も有りますが、ここまでは観光客も来ません。
我々は石材人の有能な研究者ですから、これを外す訳にはいきません。
定番の大仏(二十窟)前で集合写真です。
石窟は、色彩や彫刻が見事に残り、世界遺産に相応しい感動を与えてくれました。
山西省は仏塔の宝庫で見るべきものが多く大変参考に成ります。
恒山の町に入って圓覚寺へ行ったのですが、境内の工事中の為に入れません。
扉を抉じ開けて何とか入る事が出来ました。
寺の周囲は下町で貧しく環境も劣悪です。
全体に悪臭が漂い汚物も至る所に捨てられています。
表通りにまだまだ及ばない裏通りの一面を垣間見ました。
懸空寺は字の如く空中に浮かぶ天空の寺です。
私が二年前に来た時は露店がずらっと並んでいたのですが今は一軒もありません。
今にも落ちそうな簡単な木造の崖っぷちの境内を恐る恐る進みます。
支える杭の七割が岩盤に喰い込んでいると言われていますが大変な恐怖を感じます。
本堂に御参りをして振り返って下を見ますと、六十メートルの高さからの遠望は絶景と恐怖の一体です。
五台山へ進む峠道が雪で通行不能の為に迂回をして夜八時宿舎到着となりました。

三日目
目を覚ますと、残念な事に曇天の霧雨模様です。
気温は思ったより暖かく七度です。
真冬並みと言う事で厚着をしているだけに暑く感じます。
五台山中心部の台懐鎮寺廟群参拝の為に、
高度が一番高い所から下へ向けて出発です。
五台山は文殊菩薩の霊地です。
至る所で獅子に座した文殊菩薩を拝む事が出来ます。
百八段の滑りそうで怖い階段を下りて顕通寺へ進みます。
いずれも写真に撮りたくなる対象物の連続で感動の連続です。
ここも日本人僧の慧鍔が八百六十三年に訪れています。
お墓を知る意味でも、仏塔の源を味わう事は大切です。
五台山のシンボルは何と言っても塔院寺の大白塔です。
七十五メートルの舎利塔は、五台山の何処からでも見る事が出来ます。
百八の摩尼車が有りますので、
全員で願文と経文を唱えながら回転させて堂内を一周しました。
三塔寺は三基の蔵式塔(ラマ塔)が立っています。
ここの本堂の文殊像に向かって勤行回向をさせて頂く許可が降りました。
福原が導師になって勤行を厳修し、全員で般若心経を読誦奉納いたしました。
堂内に声高な経典が響き渡り、文殊菩薩の心へ届けとばかり祈りました。
仏教墓塔研究会と参加者各家の繁栄と追善供養も合わせてお勤め致しました。
羅睺寺の開花現仏が、幸運な事に見られる時間に遭遇しました。
しかし、一瞬の出来事で終ってしまい、期待したほどの満足が得られません。
蓮華が回転しながら花弁が開き、内から釈尊の童子が現れるのです。
万仏閣は民間信仰の寺で受験の祈願寺です。
中国の受験生が合格祈願に大勢やって来ます。
我々も倣って五体投地礼や線香を持っての三拝礼をしたり行道をしました。
郷に入れば郷に従う合掌礼拝を手厚く行なってみました。
真似の出来ない敬虔な仏教徒が大勢お参りをしている姿には、傍へも寄れない厳粛さを感じます。
碧山寺にある字塔も有名で、僧の墓塔も沢山あり、何れも珍しく大変参考に成りました。
七仏寺では、七個の蓮華蝋燭を塔前に供えれば功徳が有ると言う事で、数人が御供えをされました。
立派な白亜の七重塔が聳え立っている姿も圧巻です。
善財寺は、最近立てられた七重や五重塔ですが、林立している姿は壮観です。
普化寺は寺前の大彫刻壁が有名です。福禄寿三星共照の刻みなどがあります。
五台山は黄廟九ケ寺と青廟三十七ケ寺がある聖地であり、仏教とラマ教が凌ぎあう所だけに、
舎利塔とラマ塔が混在していて面白いのです。

四日目
朝日に映える高原の竹林寺へ行きました。
ここへは霊仙三蔵や円仁慈覚大師も訪れています。
我々は飛行機とバスで容易く訪問が出来ますが、
往時の先達の大変なご苦労を思うと涙が出てきます。
大修復作業中で本堂も閉じられていて中へ入って拝めません。
お願いをして何とか入る許可が得られました。
また、尊前での読経のお許しも頂けたのです。
大雄宝殿尊前で福原が導師になり、全員で勤行読経の厳修を行ないました。
堂内に一同の篤い思いの般若心経が響き渡りました。
有り難い事に工事中の戒壇院内部の拝観許可も降りたのです。
遠路の日本からの巡礼と知って、温かく迎えて下さる寺側の姿勢に感謝です。
広大な戒壇院は、土台の戒壇までが出来上がっていましたが、
完成までの日程はまだまだ掛かるようです。
案内の僧に尋ねてみました「完成すれば、我々も拝観できますか?」、
それは絶対に無理という事でした。
有り難い事に、絶対無理な内部が今日は見る事が出来たのです。
総高二十五メートルの八角釋迦牟尼佛舎利塔が聳え立っています。
円仁来所記念の碑が立っています。
令公塔は道なき道のケモノ道を掻き分けての登山となりました。
誰も来ない山中に、立派なレンガ造りの五層の塔が強風を受けて聳え立っています。
仏塔一基のみで伽藍などは全く有りません。
壁面に管理者の伝言が書かれていて『損壊宝塔必死(塔を壊す者は必ず死に至る)』とありました。
龍泉寺は聖水でも有名ですが、我々にとりましては、何と言っても普済和尚の墓塔を見たいのです。
四面には和尚の四時期(青年、壮年、晩年、老年)に渡るお姿が刻まれています。
少し離れた所にも僧侶の舎利塔が四基立っていたのも見所でした。
次の南台は大変難儀を極めました。
五台山の名前の謂われである五岳の一つの南台へは、どうしても行きたかったのです。
山頂へ行って御参りをしなければ、今回の意味がありません。
しかし、雪で行かれない、道路が工事中で行かれない、
もう一つの理由として、進入の唯一の足である専用カーが運休しているのです。
これら三つの理由からして登山は絶対無理と言う事でした。
何とか手を打ってタクシー四台をチャーターして出発したのです。
途中で有人のゲートが有って『通行禁止』という理由で中へ入れてくれません。
交渉を続けてやっと入る許可が下りました。
地道の悪路の為に、車の天上に頭を打ったり、車体の底を擦ったり、
泥水が車体に飛び散ったりしながら登り続けること五十分、
やっと絶景の二四八五メートルの山頂に着きました。
四方の眺望は素晴らしく遮る物は何一つ有りません。
一週間前の大雪の名残で少し雪も残っています。
風が強烈で幡も引き裂けんばかりです。
南台は別称『錦秀峰』とも呼ばれており、普済寺が鎮座して、智慧の文殊仏が祀られています。
僧侶が「遠い日本から、悪天候にも拘らず、良くお参り下さいました」と感謝の辞を申されました。
鍵が掛かっていた数ヶ所の堂までも開けて案内して下さいまして感激の極みです。
最高地点に立つのは普賢舎利塔です。
如人仙境の聖地そのもので心が洗われました。
本当に来て良かったと言う思いで一杯です。
一基一基参拝を済ませてから写真を撮らさせて頂きました。

五日目
五台山を離れて応県へ向う峠道が雪で通れないという事で遠回りして帰りました。
山は黄葉の盛りで落葉真最中です。
文廟は、中国全土に立てられましたが現存では唯一の廟なのです。
大変古くて立派な堂宇ですが、修復が待たれます。
阿育王塔は巨大で見事なのですが、非公開で中へは入れません。
何故か国務院の敷地内に有るのです。
中国の事ですから、カメラを向けていますとスパイ容疑で捕まる可能性もあります。
広武漢墓群は墓群整備がされている最中で、まだまだ完成には程遠く荒涼としています。
とてつもない巨大な像が立っていて立派なのですが、ナゼか虚しい感じしか湧きません。
奥の墓群は非公開で、中を窺い知る事が出来ません。
高台より眺める事しか出来ないのです、中へ入りたい!。
応県木塔に着きましたが、老朽化が激しく危険な為に塔内入場が禁止となっていました。
昨年来た時は十人づつの入場制限で中へ登ったのですが、残念で皆様に申し訳ない気持ちで一杯です。
中の荘厳は立派で感動的ですし、六十七メートルからの眺望も素晴らしいのに、悔しい。
夕食時には私が挨拶を述べ、乾杯の発声をお願いしてきましたが、今夜が最後の晩餐です。
各自に今回の研修旅行の結果報告を発表して頂きました。
何れも素晴らしい歴史と重みの世界遺産である事に感嘆しましたとのお話しを聞かされました。
最後に旅行社の添乗員さんとガイドさんへ、拍手でもって感謝の意を表し称えました。

六日目
今日は移動のみです。
北京空港で成田組と関空組とが別れます。
最後の挨拶を私が述べて、講評と一本締めをお願いし、大変有意義な研修旅行が終りました。
各人が、これを有効に吸収されて仕事に引用し、顧客への有益なサービスに繋いで下されば大変嬉しく思います。
今後の皆様方の展開を期待し、ご清栄を祈念申し上げております。  合掌  



 

トップへ