リランカ旅行記
    平成26年10月27日〜11月1日
 
我が家のご先祖様へのお墓参りに行くように、仏教の祖であるスリランカのお釈迦様のお墓参りに行ってきました。
成田で集合した7名の熱ある石材店の面々は期待を胸に出発し、その日の遅くにコロンボへ着き宿泊のホテルに入りました。
出迎えて下さったのは、スリランカをご案内してくださいます奈良県吉野の金峯山寺宗会議長で大阪信貞寺住職の徳永瑞幸師です。


翌日は専用車で古代仏教王国の都でありましたアヌダラプラへ行きました。
紀元前に栄えた都だなんて信じられません。
岩肌に掘られたイスルムニヤ精舎で読経供養を勤めました。
釈迦牟尼仏を前にして、福原が経頭を勤め般若心経を全員で読みました。持参した鉦と木魚を鳴らし、京都の水で洒水をします。全員で散華をし供養を捧げました。
写真撮影にも注意が必要です。仏塔や仏像を後ろにしての撮影が禁止なのです。普通は、仏像を後ろにして写すのですがそれが出来ません。
斜めにすればOKと言う事で、宝塚のレビュー宜しく八の字型に斜めになっての集合写真です。
靴を入口で脱がなければなりませんので足裏が痛いのですが歩くうちに心地良いツボ押しと成って快感です。
スリーマハー菩提樹は、お釈迦様がインドの菩提樹の下で悟りを開かれた、その菩提樹の分木なのです。
一枚の落ちた葉っぱを拾っていると、石囲いの内側から管理の人が沢山の葉っぱを投げ出してくれました。
お陰様で沢山の菩提樹の葉っぱを得る事が出来、各人はお守り代わりに大切にしまいました。
ルワンウェリサーヤ大塔は巨大な白亜の塔です。
リンを鳴らしながら全員で右遶三匝をし四面で合掌礼拝を行います。異国の行者の行道を不思議そうな眼差しで人が注視します。
これがお釈迦様のお墓なのです。憧れの聖地の土を踏んでいるのです。
このお墓(スツーパ)を、お茶碗をひっくり返した様な形に成っている所から『覆鉢』とか『伏鉢』とか呼ばれています。
五重塔や三重塔や多宝塔や宝篋印塔と言われる塔にもこの覆鉢が有ります。だから、これらの塔も、お茶碗を被せた姿の仏塔をお迎えしているからお釈迦様のお墓なのです。
五重塔の何処にお釈迦様のお墓である覆鉢伏鉢が有るのでしょうか。
屋根の上に有る相輪塔の下方に有るドーム状の伏鉢こそが、この形状であるのです。今見ているお墓(スツーパ)を忘れないで下さい。
宝篋印塔にもなければならない覆鉢が無い塔を、造ったり売ったりしている恥ずかしい現状を改善して頂きたいのです。
覆鉢が有る正しい宝篋印塔を買いましょう。
トゥパラマダーガバなどのスツーパへの合掌礼拝を繰り返し、熱心に読経を致しました。
御堂に入る所に必ず『ムーンストーン』が有ります。彫刻が立派ですので踏む事を躊躇します。
注意してみますと、大抵の入り口に造られています。
半円になっていて、一番外側は炎の輪で人間の欲望を意味しています。
その内側には四種の動物が刻まれていて、ゾウが誕生、ウマが老齢、ライオンが病、牡牛が死となっています。
これら全てで輪廻を示した生老病死なのです。
その内側の花を銜えた鳥が純潔を表し、最後の中心の輪は蓮の花で天国を意味していて、死後の人が辿り着く事を示しているのです。
穢れから清められてこそ、聖堂へ入る許可が得られるのです。
沢山の仏塔に囲まれた都跡の散策で、限りない聖地の強力なパワーが得られたパワースポットでした。
素足で歩く事で、良い『氣』が直接伝わって来ます。
印度よりも南にある国ですから、大変な暑さを覚悟して来ましたが、思いのほか爽やかで暑さを感じません。
緑も多く、果物も豊富で、人も明るく元気で、心と魂の豊かな国と言う印象を受けます。
空模様は順調良しと言う所なのですが、夜になると激しいスコールが有ります。ダンブッラのホテルに入ります。


翌日は世界遺産シーギリヤロックへ向かいます。
平原の中に、垂直で四方が絶壁の岩山が目に入ります。
極めて異様です。こんな困難極める場所に宮殿を造らなくても良さそうなものです。
背中を押す事を商売にするアシスタントと称する商売人が大勢いて、うるさく寄って来ます。
ノーと言おうが、ノータッチと言おうがお構いなしです。
下から上を見上げますと、登れるかどうか行けるかどうか不安になりますが、ここまで来たのですから気力を奮い立たせて挑戦です。
ライオンの爪と言う所で休んでいますと、上から凄く年寄りのお婆さんが両脇を孫に抱えられて降りて来ました。
それを見ますと負けるわけには行きません。195mの鉄の細い階段を登って素晴らしい山上に着きました。
宮殿は跡形もなく、まるでマチュピチュのような、丹波の竹田城址のような、遺構のみが残り往時を偲ばせます。
出会う多くの外人さん達もすごくフレンドリーで「フローム ジャパン」と言って仲良しになります。
タイからの僧やロシアの学者との会話が弾みました。平原を吹き抜けてくる風が心地よいのです。
途中にミラーウォールと呼ばれる光る黄色の壁が有ります。
かっては此処に美女の絵や詩が沢山書かれていたようですが、今では美しい壁が有るだけです。
美女のフレスコ画が有る場所では沢山の人だかりです。描かれている女性が凄い美女ばかりなのです。
乳房も豊満で、ウエストがくびれて腰も大きいのです。
このような女性がスリランカ美人で、普通に居るのだそうです。
そう言えば飛行機のCAも、ホテルの女性も、正装の人はウエストの肌を見せています。少し肉がはみ出た様に見えるのですが、これらが美人の要素なのだそうです。
これらの素晴らしい絵が5世紀に描かれたとは信じられませんし、保存の良さに感銘です。
500人の美女が描かれていた内の残り18人だそうです。
下に降りてダンブッラのスリランカの最大石窟寺院へ行きました。
五つの石窟が有って仏像が祀られています。
何れにも読経供養を勤め、経頭を変えて厳修しました。堂内に響くお経が、荘厳さに加えて神秘的光景です。
スツーパも有りますし、お釈迦さんの石像が立ち並びます。
天井画も素晴らしく、保存も効いていて見事です。この岩山の別称はランギリと言って黄金色に輝くと言う意味です。
紀元前一世紀の物であって、当然日本の歴史には登場しない時期の物に驚かされます。
印度には無い仏教が、此処には見事に残されているのです。
ホテルに到着しますと、徳永師によるアーユルベーダの講義を受けました。
今回特別に仏教医療の研究者でも有ります徳永先生から講義を受けました。
昨今日本でも有名になりましたアーユルベーダですが、何か美容エステととしてのみもてはやされていて本筋が失われている事が残念なのです。
実際は、仏教医療ですから、単に美しくなると言う分野だけではありません。
語源のサンスクリットでは『生命の科学』『生きる知恵』と言われています。
病気になれば、悪い所を除去すれば良いのですが、その原因を突き詰めて対処するのがベーダの考えで、バランスの改善なのです。
人間の体質をバータ、ピッタ、カファの三要素に分けています。
このいずれかの要素が強く介在しているので、ある人はバータ型であり、ある人はピッタ型なのです。
先ずは体質診断書を書いて自分の体質を知る必要が有ります。
ベーダの歴史は4,400年前にインドで起こり、仏教と共に紀元前三世紀にスリランカへ入って来ました。
施術やハーブの違いが若干インドとは違います。
大変関心が持たれた講義でしたが、五輪塔にも通じる五行の話とあって、更に五輪塔を薦めたくなりました。
ホテルは高台にあって街の夜景の展望が素晴らしいのです。


翌日は早朝の4時に起きました。研修の最大の目的であります仏歯寺参拝です。
福原も改良衣の法衣に黄色の如法衣をまといます。
薄暗い参道をスリランカ僧のダンミカ師の先導で本堂へ向かいます。
今回、特別参拝が許されましたのも高僧ダンミカ師のお力添えなのです。
ダンミカ師から託された捧げ物の法衣を各自が携えます。
激しく打ち鳴らされる楽器の合図で5時半に参拝口が開かれて、並んでいた熱心な信者さんが御参りに入って行きます。
我々は特別入場口から更に奥にあります直前の部屋まで通されて、献上品を供えて御参りをします。
仏歯が納められた、宝石で光り輝くダーカバ(仏塔)を目の当たりに拝む事が出来ました。
ほんの1mの距離なのです。
深々と合掌礼拝をして、係の人に促されるままに次へ進みました。
大きな鉄鉢に触って拝むように指示を受けました。お米や野菜などを入れる聖なる器の様です。
長年、仏歯を乗せて行事に練り歩いたと言う大統領愛用の巨大なゾウの剥製が有りました。
途中で、コロンボの市民墓地の視察でしたがあいにくの雨で十分の観察は出来ませんでした。
しかし、何れも信仰に則った建造が為されています。
キリスト教徒はシンボルの十字架を迎え、仏教徒は法輪を刻んでいます。
我々におきましても、記念の石ではなくて各お家の信仰なる物を刻んで、手を合わす事が叶う聖なる石の建立をお願いしたいのです。
福原家の墓と言う石組を売り続けていた結果、石ではなくても、他の物での代用が、今に見る宗教離れや墓石離れに陥ってしまっているのです。
自分自身の首を絞める結果と見るべきでしょう。
もっと仏法興隆を願う石材店であるならば、お家の信仰である宗派に則った、ア字とかキリークとか円相とか妙法とか、
写経奉納とかを勧めるプロフェッショナルな石材店に成るべきと思います。
お導き下さいましたダンミカ師の自坊のダルマソーカ寺を訪ねてご案内を頂き、本堂で勤行を行いました。
住職のダンミカ師の御勤めが有り、参加各位の幸せをご祈願頂き、各自の右手にミサンガを結んで頂きました。
スリランカ語の読経でしたが、日本語が達者ですので回向文は日本語でして下さりました。
続いて福原が各宗共通の経典を読誦し参加各位の心願成就と先祖回向を勤めました。
円周に28の釈迦如来が祀られていて、右回りに行道をし各人が花を捧げ礼拝いたしました。
今宵はスリランカで一番の老舗のリゾートホテルに泊まります。
全員が揃えての言葉は「スリランカが好きになりました」と言う言葉で、大変有意義な研修旅行になったようです。


ダンミカ師が経営されている幼稚園を訪問します。
毎年、卒園式が12月に行われていますが、今回は我々の訪問に合わせて卒園式を前倒しでされる事を聞いておりました。
この様に盛大な催しになるとは夢にも思っておりませんでした。バスが園に着くなり、整列をしていた子供達の鼓笛隊がお出迎えです。
我々全員の首に花輪を掛けてくれるのです。
日の丸とスリランカ国旗を振って賑やかなお出迎えを受けて会場の前に着きました。
卒園式の始まりです。
先ずはテープでスリランカ国歌と続いて君が代の演奏です。ナゼか、両国歌の演奏を聴いて涙が流れて来たのです。
園長の挨拶や町の長老の挨拶、御縁のある徳永師の挨拶が続きました。
幼稚園児ですから4才から6才までの子供なのですが、3人の子が挨拶に立ち、一人はスリランカ語で、一人は英語で、一人は日本語で話したのです。
私も挨拶を求められ、感謝と御祝いを述べたのですが、スリランカ語(シンハラ語)を話せません。
園児が大変可愛らしく、眼が大きくて純粋で光り輝いています。
こう言った元気で明るい幼児が精一杯の踊りや劇を披露してくれたのです。
聞く所によりますと、10名定員の卒園者のうち3名が亡くなっているそうです。
薬が買えない病院へ行かれないと言う事が原因であると聞いて大変悲しくなりました。
こんなに可愛い子が、薬が買えなくて死んで行くなんて悲しくて堪りません。
日本から持参したお土産のチョコレートを園児に手渡すのですが、全員が投地礼で受け取るのです。
先生がそう指導されています。
この幼稚園は私立です。
ダンミカ師の私財と尽力で成り立っています。授業料も食費も無料だそうです。
本当のお坊さんの姿勢を見せて頂きました。
日本の様な御布施と言う金銭は受け取られません、全てがお米や野菜だそうです。
我々は何がしかのご寄進をさせて頂き、各自がそれぞれに包んでお渡しをしました。
渡したくなるようなお寺であり幼稚園でありダンミカ師でありました。
隣に建築中の教室が有りましたが資金が順調ではないので、中断しながらの建築だそうで今は中断されたままになっているのです。
見せて頂くと、幼児用の可愛い便座などが出来ていてもう一歩の段階なのですが残念です。
コロンボ市内で出発までショッピングを楽しみました。各自が、お土産を楽しく選びました。
最後の夕食を中華料理店で行いました。ダンミカ師も出席して下さいましたが慣例に従って食事を為さいません。
皆様方のお蔭で有意義な研修が終わろうとしております。
いよいよ離陸です。残られる徳永師とダンミカ師のお見送りを受けて愛するスリランカを離れます。
今回の研修で得られたのは、まぎれもない身・口・意の清めです。心と魂の浄化です。
これはスリランカへ赴かなければ出来ません。
スリランカ万歳、仏教の郷里の背景と護持に勤められて来た人達に感謝です。私はスリランカ国旗を買いました。

 参加者(敬称略)
茨城県桜川市  瀬尾石材工業  瀬尾勝美
長野県中野市  渡辺石材工業  渡辺正元
富山県朝日町  佐渡石材    佐渡 渡
京都市西京区  北口石材    北口栄次
兵庫県宝塚市  西村石材    西村利秋
神戸市須磨区  やまさき    山崎利律子
京都市中京区  仏教墓塔研究会 福原堂礎
大阪府東大阪市 信貞寺     徳永瑞幸
大阪市東区    々      徳永幹夫

平成26年10月27日〜11月1日
 合掌