第2回 仏教墓塔研修会海外編

釈尊墓参団 インド研修旅行記
平成24年10月13日〜18日
昨年の中国五台山参拝と仏塔の旅に引き続いて、インドの釈尊のお墓参りへ行ってきました。

お墓の仕事に携わる者としては必須の事であり、長年の念願でも有ったのです。石材新聞にて
同行の有志を募ったところ、熱意ある同朋の志を得る事が出来ました。
ご多忙の中をご参加下さいました総計11名で行ってまいりました。
 
 参加者氏名(敬称略 五十音順)
石本 浩  福井県鯖江市定次町23-3    (株)石本石材

大竹和夫 兵庫県淡路市志筑1855-1    大竹石材(株)

岡野秀三 広島市安佐南区高取北1-7-15 (有)岡野墓碑

金井 捷  広島市西区大宮1-8-12     (株)三広工業所

坂口祐樹 茨城県桜川市真壁町塙世943-4 (有)坂口石材工芸

瀬尾勝美 茨城県桜川市西小塙411     瀬尾石材工業(株)


高栖克友 茨城県石岡市府中4-7-5     高栖石材工業(有)
高栖功子 茨城県石岡市府中4-7-5     高栖石材工業(有)

西村利秋 兵庫県宝塚市栄町1-9-21    (株)西村石材店

福原堂礎 京都市中京区西ノ京永本町5-20 仏教墓塔研究会

渡辺正元 長野県中野市赤岩1723-1    (有)渡辺石材工業
 第一日目10月13日土曜日
関空出発組の石本、大竹、岡野、金井、西村、福原の6名と、
成田出発組の坂口、瀬尾、高栖夫妻、渡辺の5名と
バンコクに乗継空港であるスワンアプームで合流しました。
インドのムンバイのホテルに入りましたのは
現地時間の24時(日本時間3時半)、バタンキュンで大変お疲れ様でした

 第二日目10月14日日曜日
朝早くからイスラム教のコーランの声が響いて目が覚めました。
モーニングコールなど全く不要でした。
ムンバイ市内研修で、先ず『日本山妙法寺』へ行きました。
国内はもとより海外においても仏舎利を建立し続ける藤井日達上人の遺志を継ぐ僧伽達です。
全員で、うちわ太鼓を持って南無妙法蓮華経を唱え世界平和を祈念しました。
隣接するジャイナ教の寺院には大勢のお参りの人で賑わっています。
中へどうぞと言うご厚意で、好奇心に煽られた我々も中へ入りました。
写真撮影が厳禁でしたので雰囲気だけを味わいました。
ヒンズー寺院は凄い参拝者です。

カメラ携帯絶対不可で、入り口の警備も飛行場以上です。
靴を脱いで長蛇の列に並び、押すな押すなでご本尊前に到着です。
門前で求めたお花を差し出しています。
僧侶が花を清めて布施者に返しています。
訳もわからずに人混みから手を出した大竹氏の手に花が乗っていました。
誰かが献上したお花なのです。

何れの寺院も撮影禁止なので、記録に取れずに誠に残念です。
現在のインドの宗教者数を示した現況です。
インド門は巨大で立派ですが、観光客目当ての物売りが多すぎて不快です。
でも、それがインドで有って容認して慣れなければなりません。
可愛い少女ですが、商売にしていますからしつこく迫ってきます。
花輪を10ルピーで買いました。

立派なタージマハルホテルを背景に集合写真を撮りましたが、
つい4年ほど前に危険なテロ事件が有ったなど想像も出来ないぐらい平和な光景です。
次はキリスト教の墓地です。
墓地の無い国ですが、キリストだけは土葬主体ですから珍しい墓石で一杯です。
撮影は禁止と言う管理者の御達しを守って中へ入りました。
職人さんが建墓作業中でしたから工事風景を撮影させて頂きました。
5人ほどが向けるカメラを少し気にしながら黙って応じてくれていました。

水準器(レベル)を使わずに、管に水を入れてレベルを測っていました。
キリスト教のシンボルである十字架を墓石の上にかざしています。
仏教の墓石の頂部に必ず『仏種子』を入れるべきが為されていない事を思うと、
この霊園内の墓石は全てが理に則していると言えます、見習うべき墓石群です。
国内線のムンバイ飛行場からボパールに着きましたが田圃の中の飛行場です。
今日もホテル到着は23時になりました。
 第三日目10月15日月曜日
 
 
 今回のインド訪問の主目的は『釈尊の墓参』にあります。
いよいよ胸躍るお釈迦様のお墓への御参りが叶う時がやって来ました。
バスの中で、御参りの次第を解説させて頂きました。
良く晴れたサンチの丘に釈尊のお墓である第一スツーパと第三スツーパが見えました。
念願のスツーパを前にして涙も溢れます。

阿育王の建立した二千年前の供養塔が目の前なのです。
写真では判りませんでしたが、目前にして判りました。
土饅頭型ですが、八角で囲まれた中に有るのです。
目の前の北門の彫刻が精緻です。
強烈なスコールに耐えて全く風化摩耗が感じられません。
進入路の関係で北門から読経供養を勤める事にしました。
導師を福原が勤めます。
三礼、懺悔文、発願文、開経偈、般若心経、観経文、宝号、回向文、念佛、念仏回向偈を
全員で読誦しました。

続いて、京都と長野から持参の水で、洒水の儀を執り行い、全員で塔前に手向けました。
気が付くと、多くの入場者が何事かと好奇の目を我々に向けて囲んでいました。
我々の厳修作法を見守っておられたのです。
続いて東門へ回って、渡辺様が導師を勤めて読経と洒水を勤め、
南門では石本様が、西門では大竹様が勤めて一周しました。
南門から遶道へ上がり時計回りに二巡します。

右遶三匝と言いまして、右回りに三度巡拝するのがインドでの最高の礼法であって行道なのです。
下で一巡しましてので遶道二巡すれば三度巡拝した事になります。
建立されて2200年ほど経ちますこの塔に、
多くの善男善女が巡拝されたであろうこの道を、我々もかみしめながら廻りました。
あア、これが正しくお釈迦様のお墓なのです。
仏教遺跡来訪も大事ですが、お墓こそが大切なのです。
仏道者として、生業を墓石に勤しむ者として、お墓への巡礼こそ悲願であり必須なのです。
四門の彫刻の解説をして頂き、今さらながら人類の見事な世界遺産に驚愕の連続で有りました。
菩提樹やスツーパ供養、仏伝などの物語彫刻が見事です。

柔らかそうな砂岩が2000年も風化摩耗する事無く残されている事が不思議です。
私の装束の作務衣と輪袈裟が珍しいのか、大勢の人が「一緒に写真撮影を撮ってください」と寄って来ます。
驚きました、次から次と乞われるのです。
まるで映画俳優気取りです。
「何処から来たのか?」「有名な僧侶なのか?」と矢継ぎ早な質問です。
すっかり、日印民間交流が出来ました。
インドの人は温かく親切です。

子供たちも賢そうで礼儀正しくて清潔です(此処に居た子のみ)。
直ぐ傍には第3塔が立っています(第2塔は少し離れる)。
この塔中から舎利弗と目?連の遺骨が発見されています(釈尊の遺骨は未発見)。
塔門の彫刻は立派に尽きるが、肝心で主たる物はドーム型をした『覆鉢』なのです。
これがお釈迦様のお墓の本体なのです。
この呼称のスツーパが、漢訳されて卒塔婆となり、省略されて塔婆とか塔と言われた、その語源なのです。
お釈迦様を表す物として、このスツーパが付け加えられているのが三重塔や五重塔の相輪部分の覆鉢なのです。
墓地で見る、覆鉢の欠落した宝篋印塔や多宝塔の相輪を見るにつけ、
間違って施工を済ませて平気で恥知らずな業界のレベルアップを願わずにはおられません。
お釈迦さまをお迎えしてこそが仏塔なのですから、覆鉢あればこそ成り立つ物なのです。

近くにサンチと同じ時期に建てられて近年発見され修復が完成したスツーパが有ると言う事で、
車をバスから乗用車に乗り換えて悪路を進みました。
ジャングルの中に忽然と仏塔群が現れました。
サダーラ仏塔群です。

そのうちの一基が特に巨大ですが、旧来の塔に新しき煉瓦で葺き直しています、
綺麗と言えば綺麗ですが古式の則った感が有りません。
やはり、取って付けた感が否めないのです。
阿育王の故事によれば、インド全国にこう言ったスツーパが84千基も立てられていた事でしょう。
未開のジャングルの中からこのような仏塔がまだまだ発見される事でしょう。
ボパールからブザワールまでは23両連結の寝台列車での移動です。
4人一室のような寝台です。

列車内ではアルコールは禁止ですが、
誰かが持ち込んだお酒で宴会です。
車掌が通るたびに隠しています。
一眠りをした夜中の23時半に起こされて下車です。
降りた駅舎の陰で一斉放水です。飲めば出すの自然現象です。
バスに巣に揺られて25時にチェックインと成りました。
『観光旅行だったら怒るで、研修旅行だから許せるけど』とは、陰の声です。
明日のアジャンタ石窟訪問の為の近くの田舎のホテルです。
 第四日目10月16日(火)
 


 
 アジャンタ石窟寺院は仏教設備が残された遺跡です。
少し歩かなければなりませんので、駕籠かきや物売りが大変しつこいのです。
何人かは駕籠(千ルピー)に乗りましたが、思い熱き人は歩行軍です。
9窟と19窟と26窟には大変巨大で素晴らしいスツーパが残っています。
仏教の創成期には仏像って言う物が有りません。
代わりに、スツーパや菩提樹がお釈迦様の代替わりを勤めました。
16窟の尊前で長野県の渡辺様と兵庫県の大竹様とで手を合わせておりますと、
インド人僧侶が立ち入り禁止の鎖を持ち上げて手招きで中へ入れと促しました。
直前まで入れて下さったのです。

思わぬ行為に感激をして御尊前で声を大にして三人で般若心経を唱えました。
石窟内ですので、大きく反響をして荘厳裏に響き渡りました。
感謝の思いを込めて、僧侶に御布施を差し出したのですが、丁寧にお断りなさいました。
本当の僧侶のお姿に触れた感じがし、更に感銘致しました。
石窟は彫刻が素晴らしく、感動感銘の連続です。
物売り集団は、日本語が上手で愛想よく、
「中村さん」や「後で買ってくれる?」と、楽しい人たちばかりです。
ついつい私もガイドブックを300ルピーで買ってしまいました。
礼拝対象が、菩提樹からスツーパになり仏像に変化して行った流れが描き示されていて勉強になりました。
街は人であふれ、寝転がっている人が大勢いますしごみが散乱していて汚れています。
バラックの様な家に、何もしない男達であふれています。
何を考え、何をして喰っているのでしょうか?。
女性の姿も見られません。

ミゼットのような小型自動車がひしめき、バイクは3人か4人乗っています。
ルールもマナーも無いようでしきりに警告音が鳴らされてうるさい事。
バスのドアーも開いたままです。
信号も有りませんし、全く各自の自由走行ですが、事故の現場を見た事もありません。
今日の泊りは、初めての高級ホテルです。
今まで、ゆっくりと宴会らしきものをしたことが無いので、
今宵こそはガーデンにて結団式並びに解団式となる宴会に興じたかったのですが、
石本様が下痢、大竹様が風邪でダウン。
ターバンを巻いたインド人医師を呼んで診てもらう事になりました。
診察と投薬で、一晩寝たら治るでしょう。

乾杯の発声を、仏教墓塔研修会恒例の若手に依頼をしての20歳で参加の坂口様です。
勢いある若さのパワーを頂いた発声に唱和して『乾杯』。
芝生の上の舞台ではインド女性のダンスや音楽が興じられています。
インド料理ってカレーを代表する辛い物ばかりと思っていましたが、
なかなか、気に入ってしまいました、美味しいのです。
特に、ガーリック味のナンは『美味しい〜』。
ホテルの売店で、
高栖の社長が奥様に宝石の指輪をプレゼントしておられました。
 第五日目10月17日(水)
 朝食の時、昨夜ダウンの石本様と大竹様が元気になったお顔を見せられて安心しました。
エローラ石窟では、一番奥のジャイナ教寺院群から拝観です。
此処では南から仏教とヒンズーとジャイナ教が仲良く平和共存している珍しい光景が見られます。
仏教10窟のスツーパ前で宝塚の西村様主導の般若心経を全員で読誦供養奉納しました。
石窟内に読経が響き、それはそれは見事なご荘厳を醸し出しています。
何と言ってもここの凄さは第16番カイラーサ寺院です。

上から丸彫りで掘り下げて完成をさせたと言うのですから驚きです。
広大な敷地内に在って、中心なる祀りが巨大な男根です。
此処の中心は『リンガ』なのです、
しかも女陰と合体です。
物を生み出す根元としてのシンボルを具現しています。
しっかり触って来ました。

彫刻も精緻で素晴らしいのです、人間業とは思えません、これこそ世界遺産です。
女性が豊満で乳房も巨大です。女陰もしっかり刻まれています。
全ては、豊穣の願いと子孫繁栄だそうです。
南インドの女性の全てが安産型の腰と胸だとインドのガイドの説明です。
インドと言えば、タージマハールですが、オーランガバードにある小型のビビカマクバラを見に行きました。
息子が母を慕って立てたお墓です。

これぐらいのお墓を建てたいものですが、御社で有れば見積もりは如何ほどに成りますか?。
大理石の廟内に花で飾られた石棺を上から見下す事が出来ます。
窓の細工も精緻で透かし彫りが見事です。
古都の街を囲む城壁が残されています。
人間の叡智に触れた、素晴らしい先人の技の冴えを見せ付けられたインド研修でした。
民芸品店で各自がお土産の品定めです。
大竹様は流石にお目が高い。

500ルピーで石彫セットを手に入れました。これはなかなか値打ちが有りそう。
それに、声の掛け方も見事で非常に参考になりました。
インド女性に対しても、直ぐに打ち解けて写真を一緒に撮って貰っています。
日印民間交流も深まって、インドとは戦争は絶対に起きないと確信いたしました。
インドは素晴らしい、インドの人々も素晴らしい、実り多い釈尊墓参の研修会でした。
オーランガバードから国内便でムンバイに着き、
いよいよ最後の夜になりました。

お別れの夜食です。
石本様お薦めのガーリック味のナムが大変美味しくて病み付きに成りました。
しかし、渡辺様がにんにく嫌いと言う、何で?、こんなに美味しいのに。
西村様瀬尾様に解団の挨拶をして頂き、
昨夜顔を出せなかった石本様と大竹様に講評のお話を伺って、最後の晩餐のインド料理をぱくつきました。
旅行社の久我さんとインド人ガイドさんにも拍手で以て感謝を示しました。
ムンバイからバンコク経由で、成田組と関空組に別れて帰国です。
ビデオを撮りまくっていた石本さん、後日編集を自分でして贈って下さいます。
工事の職人さんを見れば、お手伝いをした振りをして写真を撮っていた大竹さん。

独身貴族を卒業できるか岡野さん、
世界遺産巡り驀進中の金井さん、
20歳でインド旅行が出来るなんて羨ましい、大学生の坂口さん。
長老でお酒を愛する瀬尾さん。
夫婦仲良しで、当てられっぱなしの高栖ご夫妻。
常に熱心な参拝姿勢の西村さん、これからの人生謳歌に期待。
ハードな日程にもかかわらず研修の大切な意義を説いて下さった渡辺様。
皆で心を一つにして読誦をした尊前勤行。

一皮むけて家業に就き、顧客へこの実体験をお話し出来る、
昨日より一歩加味された墓塔の造営が叶うものと期待をしております。
昨年の中国の五台山に引き続き、インドの釈尊墓参で、
大きく成長された参加者各位の誇らしい顔を思い出しながら執筆いたしました。